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3/19【あれから1年...再び福島へ】Day-3

20120319_01.jpg20120319_02.jpg
(10:00am~)
天気は良いが、風が冷たい。
今日は、昨年の震災救援活動時にお世話になった「相馬中村神社」に、挨拶かたがた参詣に訪れた。



・・・

【視察】

20120319_03.jpg20120319_04.jpg
今日の午前中は予定が無かったため、相馬市内から南相馬市内にかけての津波被害地を視察して回った。
まず始めに向かったのは、原釜地区。
昨年の、震災5日後に見た光景の中でも、特に印象強かった地域の1つ。
昨年の光景は↓下写真↓のとおり。
110323_173209.jpg110323_173019.jpg
20110316_3.jpg
ずいぶんと整備・復興しており、凄く嬉しい気持ちになった。



20120319_05_2.jpg
次に、松川浦漁港に行った。
この(上画像)ポイントは、当時の津波襲来時に、造船所の方が動画を撮られたポイントで、Youtube等を通じて“あの”動画を見られた方も多いと思う。
私もそのひとり。
どうしても同じポイントから、現況を確認しておきたかった。



20120319_06.jpg20120319_07.jpg
20120319_08.jpg次に向かった先は、同じ松川浦に面した海岸線にある、福島県相馬海浜の家。
昨年の震災直後は、悪路のため立ち入ることが出来なかった場所。
回りはずいぶんと整備されていたが、この建造物だけは手付かずのまま、そのまま残されていた。
建物の中にも入らせて頂いた。
津波の計り知れない威力が、建物内全てに押し寄せてきたことを、壊滅した室内の様子からうかがい知ることが出来た。



20120319_09.jpg20120319_10.jpg
海岸線、防波堤裏の土地には、津波で倒れ、また壊れた、木々や船舶・車両等が、分類され積み上げられていた。



20120319_11.jpg
次に向かったのは、磯部地区。
地区がほぼ壊滅した場所。
この場所から見渡せる内陸部全てが、津波によって押し流された。
堤防には沢山の献花が捧げられていた。
胸が痛んだ。
いま、私にできることは、ただただ、手を合わせることだけだった。



20120319_12.jpg
のち、南相馬市へ向け、南下しながら視察を続けた。
道中、津波で流された車両を廃棄保管いている場所がいくつかあったのだが、赤い車両が多く見られた。
消防団の車両だ。
最後の最後まで、避難を呼びかけていた車両たち。。。



20120319_13.jpg
南相馬市に入り、現在一般市民が立ち入ることの出来る=20km圏内ギリギリの場所まで行ってみた。
機動隊が駐在しており、ここから南への通行を規制していた。





・・・





【南相馬市、大町病院へ】

20120319_14.jpg20120319_15.jpg
(15:30-17:00)
南相馬市の大町病院へ。
今回、私が福島入りした1番の目的である。
実は、昨年の今日、この大町病院で≒150名の患者の一斉移送の救援にあたった。
あれからちょうど1年。。。
今日現在この病院は、外来と一部入院患者を受け入れておられる。
そして、その時に従事されていた事務、医師、看護師の方々にお招き頂き、今日に至る。
病院内も見学させて頂いた。
フロアには外来患者が沢山おられ、完全とは言わないまでも病院として機能している光景を目にし、とても嬉しい気持ちになった。





・・・





【懇親会】

20120319_16.jpg20120319_17.jpg
(19:00-21:00)
相馬市の方々と、南相馬市大町病院の方も交えて、懇親会を開いて下さり、出席した。
笑顔溢れる時間を共有させて戴いたこと・・・・・色んな意味で、本当に嬉しい気持ちになった。

|  ⊥震災救援・支援活動 | 23:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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